荒木師匠とプロイデアによる特別対談(全3回)

第1回:「90年代バブル」って、どんな時代? 20世紀の「社交術」は、21世紀に通用するのか?の巻

プロイデア小田原(以下、プロイデア)
今日は、「ディスコクイーン荒木師匠のジュリ扇エクササイズ」を企画した、ドリーム・プロイデアの小田原が、荒木師匠へのインタビューで、ここ銀座、荒木師匠がオーナーのバーラウンジ『アプレガール』にお邪魔しています。本日は、ありがとうございます。

ディスコクイーン荒木師匠のジュリ扇エクササイズ



荒木師匠
こちらこそ、わざわざ、名古屋から、ありがとうございます。先日、私、名古屋CBCのバラエティ番組「ノブナガ」の収録がありましたけれど、つい最近も、名古屋の美容業界から講演の依頼ありました。最近は、名古屋に、いろいろご縁があります。

プロイデア
そうでしたか。CBCテレビ「野望応援バラエティ『ノブナガ』は、楽しく拝見しました。「もう一度世の中をバブらせたい」というテーマ、おもしろかったです。お立ち台の上でダンスしている荒木師匠のボディコン、ジュリ扇姿が、パワフルかつ優雅でした。
参考サイト:音楽ナタリー

荒木師匠
ありがとうございます。あの番組は、「90年代バブル」を振り返りながら、今の日本に元気を仕掛けたいなんていう番組なんですけど、今度の講演依頼は、いまどきの「美容」とか「婚活」がテーマになります。

プロイデア
えっ、「婚活」ですか?

荒木師匠
そう「婚活」。私、昨年(2014年)3月に、「アナタたち、「いつか結婚できる」と思っているでしょ?」という本を書いたんです。20世紀、90年代に、ジュリアナ東京で、「お立ち台の女王」「ディスコの女王」だった私は、21世紀になっても、タレント業、お店の経営の傍ら、心理学の勉強をして、「婚活セミナー」や「コミュニケーションスキルセミナー」などの講師を続けているんてすよ。

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プロイデア
確かに、荒木師匠のWikipediaページとか、ご自身のサイト「荒木師匠ネット」(http://arakishishou.net/)でも、マルチなご活躍ぶりですものね。最近は、まとめサイト「NEVER」に「荒木師匠まとめ」の記事とか出ていて、荒木師匠が、どんどん有名になっていくのが、いっしょに商品開発の仕事をさせていただく中で、すごくうれしいです。

荒木師匠
ありがとうございます。美容業界から講演の依頼というのも、新幹線のパソコンで、たまたまgoogle検索すると、「エキサイト」に、私の「婚活セミナー」の体験取材記(エキサイト)が載っていて、それで連絡いただいたみたいです。

プロイデア
なんか、21世紀、ネット時代の話ですね。そういう私も、荒木師匠は、ネットで発見させていただいたんですけどね。

荒木師匠
まあ、ビジネスしてても、ネット時代って、すごいよね。最近も、ITバブルとか、30代で六本木ヒルズ、ヘリコプター、芸能人の恋人とか言ってるけど、私のころの、90年代のバブルって、規模も、勢いも、多くの人を巻き込んでいて、その100倍はあったと思う。自分と同じくらいの歳の人で、経済的に成功している人が、まわりにたくさんいた。土地、株、外車、左から右に動かせば、遊ぶお金が出てくる。そんな時代だった。
経済的にも、精神的にも、男が、女を「エスコートする」時代だったのよ。どう。今「エスコート」なんて、死語でしょ。
男が女を誘って「ワリカン」。ハア?って感じだよね。男は女を「エスコート」するものだよ。だから女も自分を磨くわけだし。なんていう価値観は、今、46歳より上くらいのバブル世代には、遺伝子レベルで刷込まれているよ。きっと。

プロイデア
信じられない。そんな時代があったなんて。

荒木師匠
あなたいくつ?

プロイデア
1988年生まれ、今、26歳です。

荒木師匠
ええっ。若っ。1988年は、まさにバブル真っ只中だよね。生まれたばっかりで、知らないんだ、バブル経済。生まれてこの方、あなたは、ケチ臭い「ワリカン」男に囲まれ、そんなのしか見てないんだ。

プロイデア
ええまあ。私の周りは「ワリカン」男でいっぱいです。(笑)。どんな時代だったんですか? 20代の荒木師匠が、「お立ち台の女王」「ディスコの女王」とカリスマとして君臨していたバブル時代というのは。

荒木師匠
一言で言えば、景気のいい時代、ということだけど。自分は、まったくお金を払わずに、お酒を飲んだり、おいしい、ご飯を食べたり、ダンスしたり、遊んだり。そんな毎日が、永遠に続くと信じられた、今から思えば、一時期だけどね。お金持ちのジェントルマンが、私のために、いろいろエスコートしてくれた。「今度、僕のヨットで、ディナークルーズするから、きれいな女の子10人くらい連れてきて」と誘われれば、きっちりメイクして、ドレスアップして、友達を誘って、しっかり10人「コーディネート」して、乗り込んだ。これは、次の「お誘い」のための、「親父たちとの契約の履行」だ。ビジネスのような緊張感があった。名刺を配った。得意なMCの仕事も貰った。毎日が、すごく楽しかった。自分より、クラスが上の人から、いかに「ジェントル」さを引き出し、自分を「エスコート」してもらえるようにするのか。真剣に頭を使いました。こちらからは与えず、気持ちよく与えてもらう「社交する」力を磨きました。

プロイデア
バブルって、すっごく女性が得する時代だったんですね。

荒木師匠
でも、競争は激しかったわよ。お金持ちの男と、若くてきれいな女が頂点で、残りは、下々の者たち、みたいな感じ。ヒエラルキー(階層・格差)のある、競争の厳しい世界だった。だから、男は、一生懸命稼いで、使ったし、女も、自分を磨くことを怠らなかった。景気がいいから、仕事が忙しくて、遊ぶ時間がない、なんていうサラリーマンもいたけれど、個人事業主とか、中小企業の社長とか、資産バブルであることもあって、遊ぶお金だけでなく、時間もあったのだと思う。ジュリアナ東京オープンの1991年5月には、お金持ちの社長や、先生方が集まり、常連も多く、不夜城のようだった。20代の私も、ジュリアナ東京のファッションアイコンとして、トップクラスをエンジョイしてました。
お立ち台でダンスすると、半端なく「視られている快感」っていうか、脳内物質とか、女性ホルモンとかが、パーッと出てきて、自分がキレイになるのがわかる。姿勢もよくなる。肌艶も、髪の艶もよくなる。それでいて、清涼な気持ち。神様になる。宇宙と一つになる。そんな高揚感がありました。女性は、男に視られて、なんぼだと思います。その時、私は20代で、自分を誰よりも、一番美しく見せようと、日々、勝負していた。今のあなたの歳の時よ。

プロイデア
どきっ。私も「視られてキレイになる」じゃないと、ダメですね。

荒木師匠
私のジュリアナ時代は、プロフェッショナルお立ち台プレーヤー、兼、メディアのレポーターの時は、20代。20代の私は、ある意味、結婚して、上がってしまった今より、遊びや、タレント業や、フリーランスの仕事に対して、もっと、真剣に、競争的だった。お立ち台から落とされても、男に振られても、仕事がキャンセルになっても、転ぶ時はかなり激しく転がり落ちたけれど、立ち直りのスピードは速かったですよ。よし、次。って感じで。

プロイデア
20代の師匠に会いたかったです。

荒木師匠
ここにいるじゃないの。失礼ね。(笑)

プロイデア
お立ち台で、ジュリ扇によるダンススタイルって、荒木さん元祖、という伝説もありますよね。

荒木師匠
あれは、伝説でなく、事実。ダンスホールが、ものすごい熱気で、ジュリアナには、あおぐ事のできる下敷きみたいなメニュー表もなくて。お立ち台で目立っているのに、汗ダラダラだとみっともないので、母親が着物が好きだったので、その扇子を借りて、パタパタやってた。でも、休憩でお立ち台から一度降りてしまうと、ポジションの取り合いで、なかなか上がれないわけ。そこで踊りながら、パタパタやっていたんだけれど、どうせなら、ダンスと合わせて、カッコよくあおいじゃえ、と、あのスタイルにしていったんです。そうしたら、すっかり気を引く、ジュリアナ、お立ち台のファッション・アイコンになって、パーっと広がりました。
目立つアイコンと言えば、地方では、特に、あなたのいる名古屋では、すごい進化の方向にいってしまつたけれど。

プロイデア
なんか聞いたことあります。トップレスみたいになっちゃったとか? ですよね。ジュリアナブームは、東京から地方に、過激に伝染していったとか。

荒木師匠
実は、ジュリアナ東京オープンの1991年5月は、すでに、バブル崩壊が始まっていたのよ。ジュリアナの営業は3年間だけ。

プロイデア
えっ、そうなんですね。ジュリアナブームって、バブルの最盛期のシーンかと思っていました。

荒木師匠
ジュリアナ東京は、閉店の93年2月までの3年間は、まさに、バブル崩壊の期間とピッタリ重なっていて、少しずつ男性が、バブル市場から退場を始めた時期で、残った本物の男たちを、多くの女性が、争奪するような時代だったの。ただ酒飲んで、朝まで遊んでるだけの女の子もいたけれど、真剣に、クラスが上の男性と結婚したい、親交を続けたいという女性もいた。若かった私なんかは、「結婚? ライバルが一人減ったわ」くらいな感覚だったけれど。私は、アナウンスや、ナレーション、MCの仕事が得意で、フリーランスで「トゥナイト」のレポーターをしながらも、遊びながら人脈を拡げて、仕事も取っていったんです。

プロイデア
遊びと仕事との両立ですね。

荒木師匠
フリーランスのいいところは、自分の好きな仕事を選べるところ。だからこそ、よい人脈獲得は、「真剣勝負」。「見かけ」と「社交」は、すごく大事。私は、お立ち台のプレーヤーだったけれど、同時にメディア関係の人脈に恵まれて、流行レポーターとしてのポジションもあって、いろいろと人脈を広げることができたんです。でも、それは、お立ち台のプレイヤーとしての「見かけ」のプロ意識が、最初にあったからこそ。女性同士、誘ったり、誘われたりのイベント参加で、しっかり、期待に応えて、メイク決めて、しっかり応接してと、プロのホスピタリティーを目指しました。これ、今の「婚活セミナー」「社交スキルセミナー」のプログラムの素になっているんですけどね。

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プロイデア
わっ、そこが、今のお仕事に繋がってるんだ。すごい。
確かCBCの番組でも、バブル時代の、一つでも、二つでも、自分よりもクラスが上の男性と「社交」する技術を磨いたというお話してましたよね。いかに、男をジェントルにして接待させるか。それも、相手が周囲にも認められるような方法で。こうした社交術の実体験から、バブルを卒業した後も、荒木師匠は、お立ち台のプロフェッショナル・プレイヤーからレポーターやタレントとなってからも、社交術の教育ビジネスに転進していったわけですよね。

荒木師匠
そうそう、私は、銀座でバーラウンジ『アプレガール』を経営するかたわらで、心理学の勉強をしながら、「婚活」をテーマに女性を集めてコミュニケーション、社交術のセミナー講師をしていたんですね。私は、本業でアナウンスや、ナレーション、MCなどのスキルを磨いていたし、お店は「社交術」の現場そのものです。セミナーは、「社交術」を方法化して、教育プログラムにしたものです。バブルのころも、現在でも、女性が、一つでも、二つでも、自分よりもクラスが上の男性と「社交」する技術は、必要なんです。ジェントルマンは、たくさんいませんから。「婚活」もしかり、です。あなた、26歳でしょ。彼氏いるの。これ読みなさいよ。20代の大切な時期の、今のあなたに必要なこと、かなり書いてあるから。

プロイデア
これは、荒木師匠の書かれた「アナタたち、「いつか結婚できる」と思っているでしょ?」(泰文堂)ですね。

荒木師匠
なぜ、今、私が、あなたに、この本を、「強く」勧めるのか。それは、次回のお楽しみ。
あなたのために、取って置きのお話をしてあげるわ。女として、勝負を始めてみたくなること、請け合いよ。
20代のあなたなら、この本の実践で、百戦錬磨よ。30、40代で、この本を手にしている人は、それぞれ成功するものの、20代のあなたと比較して、それなりに苦戦を強いられているわ。

アナタたち、「いつか結婚できる」と思っているでしょ?



プロイデア
このサイトの読者のみなさんに、3冊ほど、読者プレゼントがあるといいのですか゛・・・・・・・

荒木師匠
じゃあ、ご用意しちゃおうかしら。サイン入りで。3冊ほど。

プロイデア
ということで、これをご覧の皆様。第1回の感想をそえて、プレゼントご応募ください。お待ちしています。質問など、お寄せいただければ、荒木師匠が、厳選の上、回答を差し上げるかもしれません。第2回も、お楽しみに。

【企画&写真&テキスト編集:湯浅シンスケ】

(第2回へつづく)

プロフィール

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荒木師匠

高校卒業後アナウンス学院に進学。その後、イベントコンパニオンやDJ、モデルとして活躍。
1991年にオープンしたディスコ「ジュリアナ東京」で一世を風靡した「扇子ギャル」の元祖としてカリスマ的存在となり、「お立ち台の女王」「ディスコの女王」「ジュリアナクイーン」と呼ばれ注目を集める。ボディコンギャルを代表するコメンテーター「荒木師匠」としてテレビのバラエティ番組でタレントとして活躍し、全国のクラブ・ディスコイベントなどにも出演。

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PROIDEA 小田原なつき

1990年生まれ。バブル崩壊の1991年は1歳。
芸術大学を卒業後、プロイデアで商品企画を担当。数多くの商品を手がけ、荒木師匠と共同開発した「ディスコクイーン荒木師匠のジュリ扇エクササイズ」が大ヒット。同商品開発を通じて荒木師匠との親交を深める。